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zoom RSS やっぱり異常な僕らの世界

<<   作成日時 : 2008/04/27 12:09   >>

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昨日あるセミナーに出席してきました。

「自分のブランドを確立する」という目的のセミナー
だったのですが、かなりハードでした。

例えば、「あなたのonly1の領域は?」とかいう
質問をどんどん投げかけられるのです。

はっきりいって、「そんなのないよ!」
というか、「そんなのがあったら、
とっくにもっとビッグになってるよ!!」
と叫びたい気分になりました。


ところで、そのセミナーはもちろん
エンジニア対象というわけではなく、
色々な業界から人が集まっています。

そして、私の印象はというと、
理系っぽい、細かい、理屈っぽい………

でも、僕の自己評価は全く逆なのです
文系っぽい、大雑把、直感的………
そして、この自己評価も決してひとりよがりではなく
日ごろから私に投げかけられている言葉なのです。

結局、僕がいるエンジニア社会が
異常ということなのですよね。
エンジニアの中では大雑把で直感的な僕ですが
外にでると十分細かくて、屁理屈屋なわけです。

当たり前のことですが、外にでないと気づかない。
やっぱり、様々な人と交流しなきゃいけませんね〜。


P.S
ちなみに、私が話して受けが良かったのが
運動音痴のエピソード。
他人の欠点って、面白いんですよね。
運動音痴
運動音痴の恋愛
運動音痴とスポーツ


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
男性は生活面とかもあって、新しい所に繰り出すのは難しいのでしょうね。フラストレーションがかなりあるのではないでしょうか?
私は好奇心は何よりも大事にするべき事だと思います。私たちの上司、あるいは親の世代は、「仕事一筋」な人たちが多く、日本が貧しい中で、「裕福な暮らし」を求めた人たちです。
結果、「裕福な暮らし」で育った私らの世代は
上の世代によく批判されますが、「プライベート重視」になっていったのは致し方ない流れだと思います。



さおり
2008/06/07 03:13
続き...
昔、学校で学んだんですが、衣食住が整ったら、人間は「自己実現」がコアな要求になるらしいです。だから、本能という事...ですよね。単に「遊びたい」という軽い要求なら楽なのですが。
40代に入って悩むのは大変だけど、20代.30代なら当然のごとく皆悩みますよね。でも、会社は好きなことをさせてくれる所じゃないから、プライベートを充実させてんのに、私の周りの上の世代の人たちは自分たちの価値観だけ押し付けてくる。忠誠心やら、会社中心人生やら。訳がわかりません。年だから仕方ないのかもしれないけれど、放っておいてくれと思います。自分のやりたい事、出来る事は自分しか判断出来ないし、その人たちは私に文句を言っても、何の責任も持ってはくれない。無責任な発言のみ。←私はこれが大嫌い。なら、何を言われても自分がやりたい事をするしかないと思うんです。損とか得じゃなく。
損をしても自分が納得したなら、後悔はしないんじゃないかなって。結局、会社から個人の世の中になったって事ですよね。
さおり 
2008/06/07 04:03
さおりさん

コメントありがとうございます。

自己実現は人間の本質的な欲求である
ことは確かだと思います。
それは、昔も今も変わっていないでしょう。

違うのは自己実現の方法です。
すなわち、昔(今の40台以上?)は
自己が会社と同化していて、会社の発展
に尽くすことこそが、自己実現の方法で
あったのに対し、現在は会社というものが
絶対的な存在になれていないわけです。
だから、個人の世の中になったのでしょう。

良い悪いはわかりませんが、一ついえるのは
個人の世の中の方が普通の人にとっては
「生きにくい」ということです。
何も考えずに会社についていくのは
ある意味簡単なわけです。
逆に自分で考え、判断するのは苦しい、
でも私達はそういう時代を生き抜いて
いかないといけないのです。
タカフミ
2008/06/08 23:39
なるほど...!
私は今の時代は二つに一つしかないんじゃないかとこの頃思うんです。
一つは欲望はとことん自分を食い尽くすらしいけれど、どんどん進んでいき、負さえも自分に取り込んで突き進むか、それとも、諦めるか、です。
私は諦めるなんて最低の事だと思っていたけれど、今は諦めるのだって、すごい勇気と努力が必用なんだって思います。人の倍以上に頑張ったからこそ、諦めがつくんじゃないかと...。そこまでしないと、本当に解らない。挫折ですね。中途半端に努力した人は「仲間意識」を持ちたがる気がします。容易に安心感を得たいのだと思います。だけど、成功や挫折でもして消化しきったら、「個人」しか残らないんです。「自分の失敗」「自分の経験」です。完璧な成功感OR敗北感。そこには他人が入り込む隙間なんてないんですよね。それに比べ、安易な安心感を得ようとするのは、本能には反してはないとは思いますが、スケールが小さ過ぎるし、美学がないし、ダンディズムがない。
ストイックさって素敵ですよね。

さおり
2008/06/09 17:27

生き方としては、自分自身に焦点をあてるか
人の中の自分に焦点をあてるか、
の二つがあります。

例えば、「仲間意識」というのは
仲間と同じとか仲間より凄いとか相対的
な価値観を指していると思います。

一方、「個人」とは、他人が入り込む
隙間のない、絶対的な自分、言い換えると
自分だけしか評価できない自分です。

良い悪いはわからないですが、私は後者
の考え方の方が好きです。
やはり、相対的な自分を重視しすぎるのは
自分の人生そのものを他人に委ねてしまう
行為だと思うのです。

イチローのような生き方って
かっこいいですよね。
私もそうありたいと思います。
タカフミ
2008/06/11 23:56
人は自由になるより、誰かに自分を任せたり、投影した方が楽なのだと思います。でも、私から見れば、今まではそれでよかったかもしれないけれど、これからは、本当にこれでいいのかしら?と思ってしまいます。上の世代は忠誠的な生き方をした方が生きやすかったのでしょう。その方法で食わせてもらっていたから、文句は言わなかったのではないでしょうか?「何故?」とか「私はっ」とかは学校でもかなりタブーだったんではないでしょうか?日本には、自分で勝ち取った自由とかあまりないですよね。自由は「与えられたもの」みたいな感じを受けます。フランス革命、黒人の奴隷解放、boston tea partyとか、そんな歴史はあまりない気がするんです。良かったですよね。
だけど、個人の自由を放棄しても、守られていた幸せな時代ってそう続かないと思うのです。上がよっぽど賢くないと。
大変ですよねー。私らの世代は...。
さおり
2008/06/16 00:56
確かに、日本にはフランス革命のように
市民(大衆)の力で起こした社会変革
というものはあまりありません。

一方、明治維新からの富国強兵政策や
戦後の復興のように、一旦方向が示されれば
ものすごいパワーを発揮してきました。

そして、現在の混沌とした時代に突入した
わけですが、この国の進む方向は3つ。
一つは、日本人が欧米のような個人主義の
民族になって発展していく事。
もう一つは、革命的なリーダーが現れ
(坂本龍馬みたいな人でしょうか)
その人物が指し示す方向に一致団結し
発展をとげる事。
最後は、昔の日本と、欧米型の個人主義
どっちつかずになって、衰退の一途
をだどる事です。
タカフミ
2008/06/17 00:04
熊喪吐に住んでいるが
基本日本塵は異常だろ?
詐欺師は金返さんし
仲間の汚れ政治集団は嫌がらせ三昧
おまけに車に傷入れられた
本気でオバカが来るようだしww
戦争だか殺し合いでも始まらねーかな
異常のツケは世界が払えばよいwwwwwww
常識的に関係国からでも返してもらえんのかね?
2本など滅べばよい
a
2009/11/13 02:01

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