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zoom RSS 必要なのは「世界がどう変わるか」を語れる人

<<   作成日時 : 2010/06/09 03:14   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


最近、科学コミュニケーションに興味を持っていて、
本を読んだり、話を聞きに行ったりしています。

でも、科学コミュニケーターと呼ばれる人たちの
共通の認識は、一般の人に科学に興味をもってもらうのは
非常に難しいということです。

困ったものだ、と思いますが、よく考えてみると
これはただの思い上がりなのかもしれません。

科学技術の研究開発に携わる人間にとってみれば、
自分の領域は価値があって、
全ての人が理解するべきだ、と思ってしまいます。

でも、そうでない人にとってみれば、
興味も必要性も感じないのは当然です。


自分の身に置き換えてみても、それは明らかです。

例えば、私がゴルフやペットなどの知識や体験を強制されても、
そんなの、迷惑以外の何者でもないでしょう。


それでは、科学技術は一部の人の知識に
とどめておいて良いのでしょうか?

実は、それも違うと考えています。

なぜなら、現代人は科学技術の仕組みには
無頓着でも良いのですが、
その「影響」からは、逃れられないからです。

例えば、インターネットを考えると、
物理的な通信の仕組みに対しては無知でも良いでしょう。

しかし、その「影響」、即ちそれによって
物流の仕組みが変わる、メディアの形が変わるといった
社会の変化からは逃れることはできないのです。


また、クーロン技術や遺伝子組み換え技術に代表される
最先端バイオの技術は多分に論理的な問題を抱えています。

このような技術開発では、
そもそも本当にその技術が人間を幸せにするのか?といった
根本的な問題が表れてしまいます。


この手の問題に関しては、技術開発に携わる人間だけに
判断を任せるのは危険な話です。

ですので、研究開発の実務は完全に任せるにしても、
その種の判断は社会全体で背負っていく必要があります。


例えば、成人すると選挙権という権利を与えられると同時に、
国政への責任が生じるといえると思います。

それと同様な責任が、科学技術の分野でも存在しているのです。
科学技術の進歩を人類の幸福に結びつける責任が。

繰り返しますが、この判断は研究開発の専門家だけに
任せることはできません。


ただし、この判断をするためには、科学技術を深く理解して
それが社会にどんな影響を与えるかを説明する人間が必要になります。

そして、私はこの仕事は研究開発の実務に携わる人間が兼務するには
荷が重過ぎるのではないかと考えています。

そうすると、その任務を担うべき人は、
今、科学コミュニケーターと呼ばれている人ではないのかなと思います。


今、本当に世の中に必要とされているのは、
空がなぜ青いだとか、テレビがなぜ映るのだとかいう
知識を語る人間ではありません。

必要とされているのは、科学技術により
「世界がどう変わるのか」をわかりやすく語れる人なのです。

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