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zoom RSS 人間は遺伝子の乗り物でしかないのか?

<<   作成日時 : 2011/03/05 04:08   >>

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生物は遺伝子の箱にすぎない。
こんな、「遺伝子原理主義」ともとれるような
考え方があります。

普通は、生物が遺伝子を利用して子孫を残す
という考え方をすると思うのですが、
それを逆にして、遺伝子を次世代に伝えるために
生物が存在している、という考えるわけです。

その場合、あらゆる生物にとって
一番大事なのは、自分自身を守ることではなく
遺伝子を守り、伝えていくことになります。

このような考え方をすると、
生物の利他的な行動をうまく説明できるのです。


例えば、ミツバチは自分の巣を守ることに関して
非常に献身的です。

なんといっても、ミツバチは相手を刺すと
自分も死んでしまいます。

なぜ、ミツバチはこのような
利他的な行動をとることができるのか?

実は、これはミツバチの大多数を占める働きバチは
生殖行為を行えないということにあります。

自分自身が生殖行為を行えないので、
女王バチに自分達の遺伝子を残してもらわないといけない。

だから、自分の死をもってしても、
巣を守ることが、自分の遺伝子を残すことにつながるのです。


ここで、この遺伝子を中心とした考え方をすると
人間も生物ですから、遺伝子を残すためだけに
存在していることになります。

しかし、こんな考え方は抵抗がありますし、
人間には真の利他的な行為も存在しているように見えます。

例えば、宗教家の利他的な態度には
禁欲も含まれることがあり、
これは遺伝子的には明らかにマイナスです。

やはり、人間だけは、遺伝子の持つ影響力から
多少なりとも離れることができているのでしょうか?


しかし、遺伝子の持つ意味を考えると
必ずしもそうとはいえないのです。

ここでいう「遺伝子」とは、
いわゆるDNAのことを指しています。

ですが、「遺伝子」とはそれにとどまりません。

「遺伝子」とは、生物の中に共通して存在し、
後世に伝えられるもの、と再定義してみましょう。

すると、会社の遺伝子、地域の遺伝子など、
思想そのものも、DNAと同じ「遺伝子」
としてみなすことができるのです。

宗教家のDNAは残せなかったとしても、
自分の思想(遺伝子)を世に残そうとしている。

このような考え方によると、
人間も広義の遺伝子の乗り物でしかないわけなのです。



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